第4回福岡アジア美術トリエンナーレ2009が、福岡アジア美術館会館10周年という記念の年に合わせて開催された。アジア21カ国・地域から新進の美術家を紹介するとともに、過去10年を振り返る意味もこめて、世界のアートシーンで飛躍しつづけている作家たちを紹介している。刻々と変化し続ける世界情勢のなかで、アジアとアジア美術の動向について、継続的な調査研究と交流事業によって見つめ続けてきたこのアジア美術館が企画した本展のテーマは「共生」と「再生」とを組み合わせた造語による「共再生――明日をつくるために LIVE and LET LIVE: Creators of Tomorrow」。アジアと世界、美術・伝統と社会、生き物としての人間などの問題認識のもとに1.既存の日常的な物体・素材・空間を解体・再構成することで活性化する作品 2.都市環境と自然の生態系、人間と他の生物の関係をテーマとした作品 3.隠されたり忘れられた歴史・記憶・伝統を蘇らせ、未来に継承させる作品 4.異ジャンル・異文化間、芸術家と市民・職人の共同作業による作品といった大きく4つのカテゴリーで構成されている。
出品された多くの作品からは、メインテーマやカテゴリーに示された内容に沿った上で、現代あるいは未来をシビアに見つめたものが目立つように思われる。本展のカタログの表紙にも使用されている、Angki Purbandono(アンキ・プルバンドノ)の作品《空腹でいこう(Stay Hungry)》(2009)は、腐りかけた果実に玩具の犬が顔を突っ込んでいる様子を直接スキャンさせた作品を出品している。朽ちてゆく果実の中に顔をうずめた玩具の犬は、いったいどんな世界を垣間見ているのだろうか。また、Subodh Gupta(スボード・グプタ)の《スタート・ストップ(Start.Stop)》(2008)は、インドではありふれた(あるいは階級差別を暗示する)スチール食器を美しくそびえる高層タワーのように積み上げ、ベルトコンベアーの上に並べている。急速に発展する経済社会のなかでの人々の不安定さを暗示させている。今ある現実と対峙しつつ製作される作品からは「これからどう生きるか」という問題への答えを模索し続ける、アジアの生々しい息遣いを感じさせる。
また、アジア独自の普遍的なモチーフを扱った作品にも、圧倒的な存在感が感じられる。2008年北京オリンピック開会式にて、花火による足跡のプロジェクトでも有名な蔡國強 (ツァイ・グォチァンCai Guo-Qiang)の《四季頌歌‐春生、夏長、秋收、冬蔵(Song for Four Seasons:Spring Birth,Summer Growth,Autumn Harvest,Winter Slumbre)》(2009)は、東京の曹洞宗 萬亀山東長寺からの依頼で制作されたもので、和紙の上で多くの種類の火薬を爆破させ、釈迦の生涯と四神獣を描き、万古輪廻、消滅盛衰の世界を表現している。中国では祝祭事には欠かさず爆竹が鳴らされ、日本においての花火も祝祭性をもつが、一方火薬は戦争や暴力と直結する。それをアートの表現方法として使用することに、この作家の「民族的背景」を感じる。
それから、LEDライトボックスを使用し天井に展示された建安(ウー・ジエンアンWu Jian’an)の《九重天(The Heaven of Nine Levels)》(2007-2008)では、影絵職人との共同により、人間や虎や蛙や、現実には存在しない動物たちを精密な表現で入れ子式に図像化している。大きい者から小さい者へと自然の秩序にそって順に組み込まれた生物たちの姿は、強弱あるいは権力というものがいかに変化し続ける不確かなものであることを示しているという。アートが未来を先導する役目を果たすものであるならば、これらの作品からは今日の現実的問題を踏まえたうえで、「明日をつくるために」人間が必然的に思考する、あるいは最終手段として行う、希望や祈りがこめられているように思う。
グローバル化が進むことで、アイデンティティーが叫ばれることは承知のことであるが、五重塔の隣に自由の女神はいらない。「共再生」とは、それぞれのもつ特質、際立った個性などがそれぞれの強い主張を収め、お互いに洗練され融合され共に生きる状態を意味する。こうならなければ、「LIVE and LET LIVE: Creators of Tomorrow」(生き、生かせ―明日の創造者たち)とはならないだろう。
(西本佳世)
第4回福岡アジア美術トリエンナーレ2009
共再生―明日をつくるために
2009年9月5日(土)-11月23日(月)
福岡アジア美術館、冷泉荘
http://www.ft2009.org/jpn/index.html


